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逃れきれなかった過去との決別、繰り返された過ち〜(1)
京都パープルサンガの犯した罪と罰

06年11月26日(日)J1リーグ第33節@万博記念競技場。天候雨。
降りしきる雨の中、サンガはついに現実として定めた「J1残留」という課題を果たすことなく
2003年J1リーグセカンドステージ第15節@万博記念競技場。天候雨で2度目の降格となった
おなじ場所、同じ天候で3年後のその日、3度目のJ2降格という現実を受け入れなければ
ならなくなった。
勝てば残留へのチャンスが残るという正念場での戦いに敗れてしまった。
それはまるで1年通して課題となった決定力、序盤の失点、得点できない精度の悪さ、相手を
追い込めない迫力不足、持ちこたえられない守備力、チーム全体の駒不足など共に前半戦、
後半戦の改善された部分と改善しきれなかった部分そして1年間解消しきれなかった部分が
現われ、凝縮したゲームであった。
現地に赴き03年ではテレビで観戦したゲームを今度は生で見届けた瞬間、私はただうつむき悔し涙
を流し、天を仰いで「神様・・・」と頭の中で叫び続けていた。わずか1年のJ1。2年間費やしたJ2での
悔しさをバネに勝ち得た奪還ではあったものの、私が見届けていた今季のサンガには見限らなければ
ならなかった。開幕前から不安に襲われだし、5月3日11節新潟戦で確信に変わった思いは的中した
格好だった。
 
「今年は駄目だ。諦めたほうがいいかもしれない。。。03年のような感じに思えてならない」
 
 今季のサンガの3度目の降格には色々と書かれているメディアなどもあるが
開幕に対する補強の甘さ、見通しの甘さがあったと書かれている。
確かに、それは事実でありそれを容認したフロントにも責任はある。
 1月昨年同様に開催された八坂神社での必勝祈願に見学に行った私が観た06年度のサンガは
「大丈夫か?」だった。
昨年からのベースを基本に加入した選手は新加入選手、即戦力としても4人のみ。
今までに比べれば少ない補強。(林が加入したのは驚きだったが)
これが拍車をかけたのはいうまでもない。さらにそれに対する不安が襲ったのはプレシーズンでの
セレッソ戦だった。J1のスピードに翻弄されるサンガ。J2ではやれていた部分が簡単に押さえ込
まれている。まだ、リーグも始まっていない。キャンプの疲れもあるだろうと思っていたが
「案の定な・・・」とも思ったのはあった。
メルマガ「紫界良好」でのアンケートをスタジアムでとっている際に話した方々との会話で
私は「昨年では相手がつまずいた部分があるから」と言った覚えがある。
それを聞いた方は「え?」と怪訝な顔をされたことを覚えている。
そういう言葉を発した自分には内心驚いたが今となればあながち六感というか
結果を思っていたのかもしれない。。。
05年のJ2は確かに厳しかったのはあるがただ、04年サンガが苦戦したような雰囲気には感じられ
なかった面もある。いや、確かにしっかりとしたベースがあったればこそまとまりもあり勝てる状況には
なっていたし04年のような混乱などはなかったからだったとは思うが。。。
ただ、05年はJ1自体がクラブ数を増やす為にJ1からの降格組みがなかったのがあり
川崎、大宮の本気でJ1を狙っていた2クラブが一気に昇格を果たしサンガとしては均衡の力を
発揮できる相手があまりにも少なかった面も大きいのはあったと感じる。

ただ、今季の伏線があるとすれば05年の天皇杯の大宮戦だったのかもしれない。
0−1と敗れ姿を消したとはいえそこで対戦したJ1クラブとの力の差ははっきりとしていたのかも
しれないが後日柱谷前監督は「J1クラブともっと対戦したかった」と語っていたように
J1と対戦できる唯一の天皇杯である程度計算をしたかったはずだった。それが崩れ
大宮戦での結果を踏まえて、やれる部分もあるしやれない部分での見極めになったのではないか?
それが「各選手20パーセントのレベルアップ」となったのかもしれない。
補強の怠りといわれたりもしているが確かにそれはあるだろうが柱谷前監督は理解していても
「昇格を果たしたメンバーで戦いたかった」と同時に自分達で作り上げてきた選手たちで現実目標で
あるJ1残留を果たしたかった面もあるんだろう。
現有メンバーで戦ってJ1残留を勝ち得る。
それが過去との決別でありJ1をある程度理解していただろう前監督の思いでもあり
格差が生まれている現状のJ1に残ることで来季へとつなげていける底上げも可能と思っていたん
だろうし、再度降格をすれば以上の格差が生まれると思っていたんだろう。
しかし、蓋をあけてみると実際は簡単ではない。
開幕戦、2節とガタガタに崩れ去ったDFは完全に崩壊。計算が狂ったと思わざる得なかっただろう。
それが途中での角田と手島の復帰に繋がったと思う。
J2で培ったDF力はJ1では太刀打ちできないところまで来ていてJ2とJ1の違いをまざまざと見せ
付けられた面も否定できないのではないだろうか?
そこの複線が天皇杯での大宮戦での敗退でやむなくその状況で見極めた部分での問題が
あったと思う部分もある。
そしてシーズンは開幕して開幕2戦に惨敗していた後もなお、
「J1レベルに慣れればある程度戦えるだろう」
と思っていたものの、観戦した新潟戦において01年J2で初対戦したときの新潟戦でのチームの
まとまりと確信に変わったJ1復帰との想いとは別にJ1で再び対戦したとき、手島が復帰して2戦目の
ゲームに彼が途中で負傷交代。その後引き締まってパウリーニョの先制点を守りきれずに
ガタガタと崩れ去るDFライン。
ついには引き分けに持ち込まれてしまい押し上げられない各選手の勇気のなさに頭を抱えたし
「これでは対等に戦えない・・・駄目だ・・・」
と反対の結果にさすがに私は「駄目だ・・・」と思わざる得なかった。。。
この時点で私は残留を目指すサンガを必死に応援してはいたもののぬぐいきれない
思いは変わらず03年のような結果になるんではないだろうか?と思っていた自分も
そこにいた。
どうかはわからないがJ2での独走優勝という状況も04年の川崎と重ねて考えた部分も
あったのではという見方もあるだろうがサンガはサンガであり川崎などとは違うのだ。
そこには見極めの甘さとJ1に対する認識不足もあったと思うし03年の天皇杯優勝の年の
サンガとだぶるものがある。
当時とは些か状況は違えどもフロントに対するやり方は同じと思っている。
まず、補強の少なさは確実としてこの戦力で戦えると思っていた甘さはやがて終盤になるに連れて
重圧となり歪を生じる結果を生み苦しめたのは皮肉としかいいようがない。
03年は抜けた穴を埋めきることができずエンゲルス現浦和ヘッドコーチが求めた補強を
おろそかにしたフロントと、現有ベースと現有戦力で戦えることを過信した柱谷前監督と
それを了承してしまい一切の全権を任せきったフロント幹部。
天皇杯優勝での過信、J2独走優勝での過信と重ねてはいけない面もあるが
どうしても状況は似ている。特にJ2独走優勝については京都新聞も指摘しておりそれに
ついては私もある意味ありだと思っている。それが結果的に03年の状況に似てるという風に
今思えばそう言葉にするにはそれを思ったときは具体的なものは?と思うとなかなか考え付かず
ただ、雰囲気を感じ取ってはいたがそういうことだったんだろうなと思う。
確かにベースはあっただろうが見合うだけの力がそなわっていないのは明らかだっただろうし
甘かったといわれてもお粗末だといわれても致し方ないのではないだろうか?
言い訳が効かない状況に追い込んでしまい袋小路に迷い込ませた責任は大きい。
また、選手各自にも前半戦での脆さと粘りの無さ、立ち向かえるだけの力量が不足していただろうが
それ以上に02年の復帰したサンガの若さとタフさが今季のサンガに欠けていた部分は多い。
2度の降格を経験した選手が残っていたものの、ほとんどがJ2で戦ってきていたJ1の経験が
少ない選手が多かったのも事実であり各選手のレベルアップを言っていた柱谷前監督の
頑固なまでの過信と誤算があったのではないだろうか?
現在のJ1で戦えるだけのベースをさらに構築できなかったのは事実であるし
降格の鉄則である選手の負傷の多さと失点の多さといい、チャンスに決めきれない決定力の不足
等が今季もあったし、まさに降格のパターンに見事にはまってしまったのが今季のサンガであり
03年以来の降格へとつながってしまったと思っている。

(2)へと続く。

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